第〇章

第〇章 過去からの旅立ち


 天井の高い部屋があった。

 部屋をつきぬける、一筋の青い光。
 壁は白くなめらかで、窓も扉も無い。
 白いタイルの床に、転々と黒い紙くずが散らばる。
 中央には長机があった。空白の椅子がずらりと並ぶ。
 その最も奥、一人の少女がうなだれていた。
 長い黒髪に隠れ、少女の表情は読み取れない。雪のように白い着物をまとい、血のように赤い帯をしめていた。
 外はひどく荒れた天気なのだろう。壁にあたっては砕ける雨粒の音がいくえにも重なる。やむ気配はない。
 ふと、ひときわ大きな雷鳴がとどろいた。
 少女はこれに身震いする。机に投げ出した腕へ、より深く顔をうずめた。それからはもう、微動だにしない。
  白を基調とした、明るい部屋であったはずなのに。そこには隠しきれない闇があった。
 彼女はたった独り、闇にひきずりまわされ、疲れはてているのだった。

 床に落ちていた通信機器に、光がともる。断続的なブザー音が響きわたる。けれど、彼女は動かなかった。
「……」
 ブザー音がやみ、ほんの少し顔を上げた。
 たれた黒髪を手ではらう。あらわとなったその顔は、青ざめ、生気が無かった。瑠璃色の冷たい視線が通信機器をつらぬく頃、再び機器がふるえ出す。重い腰をあげ、拾い上げた。
「……はい、もしもし。誰?」
 向こう側から、男の声がした。
「ははっ、疑わなくてもいいだろう。そうだね。合言葉、なんだったっけなぁ?」
 早々に通信を切ろうとするも、感づかれてしまう。
「待ってくれ。あともう少しで思い出せそう……。そうだ! 『茶色のオルガン』だろう? 」
「正解。もしかしてあなた、テンポニー? 」
 待っていましたといわんばかりに、明るい声が返ってくる。
「そう! テンポニーさ。チヅルちゃんだろ?」
「そうよ。でも、どうして? 他の魔神と同じように、眠りについていたんじゃないの?」
 『チヅル』と呼ばれた少女は、動揺していた。
「んー、それがね。やらなきゃいけないことを思いついたもので、眠れずにいたのさ」
 その優しい声は、はるか昔に別れたまま、しばらく会っていない人物のものに違いなかった。
 チヅルの声に力がこもる。
「じゃあ、あの時も起きていたの? 百年前の」
「まぁね」
 チヅルは目を見開いた。
「それじゃあ、あの時顔を出してくれなかったのはどうして? あなたのことも探していたのに!」
「待て、落ち着いてくれ、チヅル。君らしくもない。それに今、君にしたいのは過去についてじゃない。近い未来に関わる、重要な話なのだが」
 相手の言葉はもう、彼女の頭に届かない。チヅルは上ずった声で問いつめる。
「テンポニー、もちろん知っているのね? 百年前の悲劇の一部始終を。知らないわけがないよね」
「ああ。知っているとも」
「どうして助けてくれなかったのよ?」
 チヅルは涙ぐんでいた。相手の声色はいつしか、張りの無い、しわがれた爺の声に変化していた。
「すまなかった。許してくれ、仕方がなかったんだ。私も私であの時、ベストをつくしていたの。君達と合流することこそ、叶わなかったが」
「仕方ないだなんてそんな……あなたがもしあの時、私達と一緒に戦ってくれていたのなら」
 目を伏せる。一方、相手は元の明るい口調にもどして、無理にでも話題を変えようとしてきた。
「チヅル? ところで今、君はひとりなのかな?」
 チヅルは叫んだ。
「ええ。他の仲間はみんな、皆いなくなってしまったわ!」
「もう過去の話はいいから。よしてくれ!」
 怒鳴り返され、チヅルは肩を震わせた。唇をかみしめて、すすり泣く。こぼれた涙は頬をつたって、白い着物に染みをつくる。
 しばらく沈黙が続いた。相手もさすがに不憫に思ったのだろうか。語気を和らげ、話しかけてきた。
「……今、城にいるんだね。自分の城に。そうだろう?」
 チヅルは小さく返事をした。
「えぇ。そうよ」
「今から君に、重大なことを伝えたいと思う。この星の存続にかかわることだ。きっちり、ひとつ残らず覚えていてほしい。いいね?」
 ため息をつく。哀傷も胸の奥にしまいこむしかなかった。

<〇章の公開分 END>

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